文化財の保存/修復 絵画・書跡分野における国宝・重要文化財等の保存修理(京都市)
株式会社岡墨光堂
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当社の修復技術

補修紙の作製

1.はじめに

紙にかかれた絵画や書跡、歴史資料など、紙本の本紙に見られる主な損傷に、虫損などによる本紙料紙の欠失がある。修理にあたっては、欠失部分に紙で補填が施される。その補填する紙を補修紙というが、紙本の修理において、補修紙の選択は非常に重要な部分を占める。補修紙には、保存上、紙としての強度、柔軟さ、厚み等、料紙とのバランスを崩さないものが要求される。また、鑑賞上、本紙に連続するために、料紙の風合いと合わない紙では、違和感のあるものになる。現在では、料紙の分析をして、原料から加工することにより、自工房内で料紙により近い補修紙を作ることができるようになった。本稿では、補修紙の作製に至る経緯と、補修紙の作製法、補修の方法、新技術の開発について、概略を述べる。

2.補修紙の作製へ至る経緯

補修紙に用いる紙として、はじめは「似寄りの紙」―できるだけ雰囲気の近い紙― を使用して繕いをしていた。しかし、例えば、風合いや経験から雁皮紙であると判断していたものを科学的に分析すると、楮紙を入念に加工したものであったり、「純楮紙」と銘打たれたものの中に他の繊維が添加されていることがあったりするなど、科学的調査による紙の分析は、紙への認識を新たにするものであった。

そのような経験から、1980年代半ば頃より、紙繊維を分析して材質を特定し、紙加工による特性を知ることで、本紙と同様の保存に適している補修紙を復元することが望ましいと考えられるようになった。しかし、補修紙に用いるような少量の特殊な紙を、紙を漉く工房に依頼し製作をしてもらうことは非常に難しい。そこで、技術者自身の手で材質的に近い補修紙を作ることを目指した研究が始まった。

画像1:繊維(楮)の顕微鏡写真

3.補修紙作製

補修紙作製にあたっては、まず、様々な要素について、オリジナルの紙の詳細な分析が必要である。補修部分の厚み、繊維の種類、繊維長と密度、添加物や樹皮の点のような異質物の有無、繊維の色などの要素が、はじめは目視によって観察され、その後顕微鏡を用いて調べられる。この調査結果に基づいて繊維を調整し、1枚の紙をつくる。この方法により、分量さえ間違えなければ、同じ厚さの紙を作製することが可能になる。ただ、この方法では手漉き紙のもつ艶やかさや味わい、風合いがでない。しかし、小さな穴を埋める程度には十分使用に耐える紙ができる。

画像2:機器を利用した紙漉き

次に、作製した補修紙を使った繕いの作業に入る。紙本の繕いは、まず繕う部分(欠失部)の形をトレースして補修紙を切り抜いておき、それを、欠失部より少し広く糊代をとった状態で接着する。その後、本紙と補修紙の重なり部分を削って、段差を滑らかにし、なるべく全体の厚さが均等になるように調整する。

画像3:手作業による繕い

4.手作業の限界と新技術の開発

前述したような紙本の繕い作業は、多大な時間と労力を要する。それに対して、修理を必要としている本紙の量は膨大である。

画像4:漉嵌方式

そのような事情から、より効率的かつ正確な繕いを目指して、当社で1990年初頭から開発してきたのが、欧米の技術をもとに改良した漉嵌(欠失部に直接紙漉きをして補填する繕いの方法)である。

また、最近確立されつつある新しい技術に、デジタル画像を使ったDIIPS方法(画像データを使って欠失部に相応しい補修紙を作り、補填する繕いの方法)がある。

画像5:DIIPS方式

5.おわりに

前項で紹介した新技術は万能ではなく、これを使うのに相応しい本紙料紙に対して使用しなければならないことは言うまでもない。しかし、このような技術の開発を通して、修理方法の選択肢は広がりつつあることは確かである。「はじめに」でも触れたように、補修紙の選択は、個々の作品が持つ情報、状態に即して考えられなければならない。その文化財が今どのような保存修理を必要としているかということを総合的に判断し、修理方針を決定していくことが重要である。