文化財の保存/修復 絵画・書跡分野における国宝・重要文化財等の保存修理(京都市)
株式会社岡墨光堂
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当社の修復技術

板絵の修理

1.はじめに

板絵には、絵馬、板戸、天井、板壁画、柱絵など様々な形式がある。また、その板にも様々な種類があり、そこへ描く方法も、板に直接描かれたもの、漆などで下地が整えられたもの、紙が貼られたもの、白土のようなもので下地がならされたものなど、多様な構造を有する。板絵は、紙や絹に描かれた絵と違い、裏から直接絵画面を見ることができない。
また、損傷がひどいという理由で、支持体である板自体を取り替えることができない。さらに、板絵の作品は、建造物に付属したまま、本来の目的において使用されているものが多い。この場合、絶えず雨風や紫外線、温湿度の変化など、外気の厳しい環境に置かれていることが考えられ、絵画面に与えている損傷の影響は計り知れないものがある。ここでは、板絵に見られる主な損傷と、主要工程である剥落止め、クリーニングについて概観し、板絵の修理について紹介したい。

2.板絵の損傷

板の変化による絵具層の剥離

温湿度の変化に伴い、板の膨張、収縮が発生する。その運動が、幾度となく繰り返されると、板と絵具層の動きのバランスが崩れて絵具層の剥離が起こる。
また、板が割れて、そこに隙間が生じた場合、これらの上に残っている絵具層は支えとなる支持体がなく、かなり危険な状況である。

画像1:板目に沿った絵具層の損傷

虫害

虫害は、見た目と実際の損傷が比例していない。見た目に多くの虫穴があっても、中の方は被害が小さいこと、その逆に、一見虫害が少なくても中の方で大きく木質部分が欠失していることもある。

絵具の粉状化

紙や絹の作品にも見られることだが、絵具層の膠が枯れ、粉状化が起こる。作品が常に空気に触れ、温湿度の変化に曝されていることと、絵具層が木地に定着するために必要な接着力には多くの膠が必要と考えられ、その膠が枯れてしまったことにより板の上に絵具の粉がのっているだけの状態になっているものである。

雨漏り、鳥糞等

雨漏りなどで水がかかった場合、絵具層は水分に対して非常に弱い。他とのバランスも崩れ、剥離・剥落の原因ともなり、乾燥の速度によっては板が割れることもある。そのうえ、経年の埃などによる汚れ、木からでる灰汁などが絵画面上にシミとなり残ってしまうことになる。

鳥糞等の場合、事態はより複雑であり、簡単に除去し難い。鳥糞は、下にある絵具層と一体になり、取り除こうとした場合、絵具層を痛めることにもなりかねない。

3. 剥落止めとクリーニング

剥落止め

板絵には大抵、下塗りが施され、その上に絵画面がある。それぞれの層の絵具全体を膠、布海苔の水溶液によって強化し、膠着力を持たせてから、最後に支持体である板へ接着させる。
また、彩色層が既に合成樹脂で強化、保護されてしまった作品や、埃を被ったまま表面から塗布された樹脂により、画面が灰色になっている作品がある。一概に当時の合成樹脂が悪いとは言えないが、やはり表面に残っている樹脂というのは厄介で、下層の絵具層まで浸透している場合や、表面にのってしまい下層の絵具層が弱ったままである場合などがある。また、溶剤を用いても除去できないため、この剥落止めをするためには合成樹脂を用いなくては支持体への接着ができなくなっている。このように、一度合成樹脂を使用すると、その合成樹脂が取り除かれない限り合成樹脂の上塗りをすることになる。たとえ合成樹脂を取り除いたとしても、樹脂を抜かれた絵具層はすぐに剥落する危険のある状態におかれることになるので、樹脂を抜く場合には細心の注意が必要である。

画像2:絵の具層の剥離 修理前
画像3:絵の具層の剥離 修理後

クリーニング

クリーニングは絵具層の安全が確認できた上で行うものであり、絵具層を危険な状態にしてまですべきものではない。絵具層のクリーニングには主に蒸留水、及びエタノールを使用している。エタノールを使用するのは弱った絵具層に対する水の浸透を助け、クリーニングのために与えた水分を速く乾燥させるためである。ただし、染料系の絵具が使用されている場合、エタノールを使用すると溶け出てしまうので、使用する時は細心の注意が必要である。

汚れの目立つ部分へこれらの薬品を数回に分けて塗布しながら、吸取紙にて直接または化繊紙を当て、剥落止めの場合と同様に、絵具層の表面に気をつけながら汚れを吸い取る方法をとっている。ただ絹や紙の作品と異なり、絵具層の持つ汚れと支持体である木地からの汚れを表面の絵具層からしか取り除く方法がない。時間の経過した汚れは取り除くことが難しいが、それはシミの原因が単に水であっても、その後の様々な環境による変化によって、より複雑なシミとなっているからである。

4.おわりに

剥離・剥落の危険にある絵具層の強化にはできる限り布海苔・膠を使用していくことが、今後の作品の経過を見ていく上で、絵具層にとって安全な接着剤であることにはかわりない。しかし、例えば、膠が絵具層表面に残った場合、剥離・剥落を起こす原因の一つになりうる。単に天然の素材、描かれていた当初と同じ素材であると言うだけで布海苔・膠を使うのではなく、今後も作品が現地に留まることを踏まえたうえで、適切な合成樹脂の使用も視野に入れた板絵の修理が必要になるだろう。