文化財の保存/修復 絵画・書跡分野における国宝・重要文化財等の保存修理(京都市)
株式会社岡墨光堂
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当社の修復技術

肌裏紙の除去

1.はじめに

絵画や書跡に分類される文化財の一般的な装訂方法は、掛軸装、巻子装、屏風装、襖装など多岐に亘るが、殆どの場合、それらには数層の裏打ちが紙と糊によって施されている。これらの裏打紙は、巻き解きを円滑にし、劣化が進んだ本紙料紙や料絹を裏面から支えるという重要な役割を果たしている。

しかし、本紙と裏打紙の接着力が低下して、本紙と肌裏紙、肌裏紙と増裏紙などが部分的に剥離すると、本紙に凹凸が生じて巻き解きの際に本紙が擦れる原因となる。また、絹本絵画の本紙料絹から膠の膠着力が失われると、裏彩色の剥離や、料絹の欠失の原因となる。ゆえに、本紙に直接触れる裏打紙、すなわち肌裏紙はしっかりと接着されていなければならない。糊の接着力が低下した場合は、再接着させ、また、肌裏紙自体の劣化が進行した場合は、肌裏紙を取り替えることが推奨される。このような修理作業において、肌裏紙を除去する工程は大変に重要である。

2. 肌裏紙を除去する方法

最も一般的なのは、「湿式肌上げ法」である。作業台に水を打ち、本紙表面を伏せて皺が発生しないよう平滑に作業台に貼り付けた本紙の裏面から、噴霧器や水刷毛によって水分を浸透させ、本紙と肌裏紙を接着している糊を緩めて肌裏紙を除去する。その後、本紙が乾燥しないうちに新しい肌裏紙を接着させる。
作業中、乾燥を防ぐために本紙に多量の水を与えるため、料紙や料絹が劣化して断片化・粉状化した場合には、これらが水によって移動してしまう、あるいは、汚れが移動して修理前には汚れが付着していなかった箇所に再付着する危険性があるので、この方法を採用するにあたっては、多くの制約が設けられなければならない。

画像1:湿式肌上げ法

このような危険性が少ないのが「乾式肌上げ法」である。本紙の表面全体に数層のレーヨン紙等を布海苔など接着力の弱い接着剤で接着して覆い、一度乾燥させてから、裏面の肌裏紙を除去する。
本紙に与える水分は極めて少量ですむため、先述のような危険が少なく、特に裏彩色がある絹本絵画には最適な方法とされる。

画像2:乾式肌上げ法

最近では、ゴアテックスを使用する方法や、布海苔やメチルセルロース等の粘度の高いジェル状のものを肌裏紙の裏面に塗布し、肌裏紙と本紙の間の糊を緩ませるという方法が考案された。これらの作業では、表面には紙も布海苔も水も付着しないので、可能な限り古色をなくさずに肌裏紙を除去することができる。しかし、本紙は表面から全く固定されないので、本紙自体にある程度の強度がなければ実行が困難な技術である。(これらの方法について、「平成15年度 文化財保存修復学会全国大会」において研究発表を行った。)

画像3:ゴアテックスを使用した肌上げ法 画像4:布海苔を利用した肌上げ法

3.おわりに

修理とは、劣化して損傷を受けた作品を、健全な状態に戻すことが常に可能な、言わば魔法のような作業ではなく、時として例えば古色を弱めるというような負の結果をも引き起こすものである。重要なのは、その作品に関わっている各方面の研究者と修理技術者が相互理解を深め、「何を保守することを目的として修理するのか」を作業に取り掛かる前に十分に検討したうえで、作業方法の選択肢が持つ利点と欠点を考慮しながら修理の方針を決定することではないだろうか。