文化財の保存/修復 絵画・書跡分野における国宝・重要文化財等の保存修理(京都市)
株式会社岡墨光堂
  1. HOME >
  2. 当社の修復技術:DIIPS方法

当社の修復技術

Digital Image Infill Paper System (DIIPS)
~デジタル技術を応用した補修紙作製方法~

1.紙本の修理―繕いから漉嵌、そしてDIIPS方法へ

古文書等の、紙を媒体とした文化財を修理する際、欠失部の補填とこれに用いる補修紙の材質の選択は重要な工程の一つである。補修紙は、修理対象となる古文書料紙のもつ要素(繊維種類・繊維長・繊維の叩解度・填料の種類とその含有量・混合比・厚さ・簀目・糸目等)や風合いが、染色に頼らずに可能な限り再現されていて、料紙よりも少し明るめの色調を持つものが適切である。

補修紙を充填する紙本の修理方法は、基本的に2通りある。

第1の方法は、欠失部の形に合わせて手作業で補修紙を整形し、それらを一つ一つ欠失部に充填する方法である。全て手作業で行うため、この方法は多大な労力と時間を費やす。それゆえ、修理者が補修できる文化財の数は限られる。

第2の方法は、いわゆる「漉嵌法」である。漉嵌法は、本紙を紙漉用簀桁の上に置き、本紙に適した紙質の紙繊維を含む紙料を欠失部に注ぎ、下方から水を吸引することによって欠失部に紙繊維を充填させる方法である。当社においては、高知県立紙産業技術センターの指導のもと、より自然な補填を目標として流し漉きを応用した漉嵌技術が開発された。

漉嵌法は、一つ一つの補修紙を作る手間が要らず、修理の跡が目立たないという利点がある。また、いかなる形状、数の欠失部にも容易に対応できるため、第1の方法よりも作業時間は短縮される。しかし、漉嵌法は水を多く使用するため、耐水性の弱い染色加工が施された本紙や汚れ自体が付加価値と認められる本紙等、水が望ましくない変化を起こす可能性のある本紙には使えない。また、補修紙のみに加工を施すことは不可能であるため、打紙や布目付け等の加工が施された本紙にも使用できない。それゆえ、上記のような特質をもつ大量文書や一切経などは従来の紙本修理の方法では対応できず、修理が進んでいないのが現状である。

そこで、本紙を変化させずに、正確にかつ短時間で補修紙を作製する修理技術として、DIIPS方法の開発を進めてきた。以下、DIIPS方法の概略と工程を紹介する。

2.DIIPS方法による補修紙作製工程

(1)修理前調査

本紙の調査を行う。補紙方法を選択し、また、本紙の風合いを損なわない補修紙を作るために、料紙の紙検査や損傷劣化状態を十分に調べる必要がある。

(2)本紙調整

作品を解体して料紙1枚の状態にし、最小限の僅かな水を用いて、皺や折れた部分などがない状態にする(必要に応じ水を通してクリーニングを行う)。

(3)写真撮影/本紙データ作製

料紙1枚ずつの写真撮影を行い、出来上がった写真を、スキャナーを用いてコンピューターに本紙データとして取り込む。

画像1:本紙データ作製

(4)欠失パターン・補修紙パターンデータ作製

コンピューターにて画像処理を行い、欠失部分のみのデータを抽出し、それにより補修紙パターンのデータを作製する。その際、各補修紙の大きさは、それに対応する欠失部より糊代分だけひとまわり大きくする。糊代は本紙の状態や本紙料紙の繊維長を考慮し、最適な大きさにする。

(5)開口シート作製

このように求めた補修紙パターンのデータを出力して、欠失部分と同形の穴を開けた開口シートを作製する。

画像2:開口シート作製

(6)補修紙作製

この開口シートの上に支持シートを重ねて、前述の漉嵌技法を用い本紙料紙と同じ材質の紙繊維を流し込んで紙漉を行う。すると、欠失部分よりひとまわり大きい補修紙が出来上がる。紙漉を行う前、つまり繊維紙料の段階で染色を行うことによって、適切な色調の補修紙を作製することもできる。

画像3:漉嵌作業

(7)補修紙加工

出来上がった補修紙を必要に応じてプレスで平滑化させ、打紙、布目付け等の加工を行う。

画像4:補修紙加工

3.おわりに

DIIPS方法は、従来に比べて使用する水がごく少量であり、糊代の幅を調整できるので、適切に本紙と補修紙を付着させることができる。また、先に補修紙のみが出来上がるため、漉嵌ではできなかった補紙の加工も可能である。そして、この方法の最大の利点は、コンピューターによる画像処理によって一度に全ての補修紙を作製できるため、正確かつ効率的に修理を行えることである。これにより、従来の修理方法では対応できなかった本紙の修理が可能となった。

しかし、この方法は、どんな本紙に対しても有効というわけではない。本紙の調整や補修紙の補填は従来と同様手作業で行い、また、補修紙を漉く紙料の作製には本紙に合った繊維加工や微妙な色調整を必要とするため、修理対象によってはDIIPS方法を採ることで、従来よりも時間がかかる可能性がある。修理方法の選択肢は一つ広がったが、修理者は修理対象の綿密な調査を行い、その構造や劣化状態等を理解した上で、最適な修理方法を選ばなければならない。

このような修理方法の選択肢の広がりは、修理のレベル向上に繋がっていくものと考えられる。修理を必要としながらも、様々な条件のために何ら手の施されていない文化財等に対応できるように既存の技術を向上させると共に、DIIPS方法のような、伝統的な技術に現代の科学や工業技術を応用した修理技術の開発にも積極的に取り組んでいきたい。

【公開番号】 特許公開平11-301194 
【公開日】 平成11年(1999)11月2日
【発明の名称】 紙製作品の補修用補紙及びそれを用いた補修方法
【出願番号】 特許出願平10-115511
【出願日】 平成10年(1998)4月24日